日常の楽しみかた
どうやったら「いつも誰かと楽しくいられるか」をよく考えています。私なりの「楽しい」哲学がまとまりましたのでご笑覧ください。
楽しい人とは何なのか?
そもそも楽しいとはなんでしょうか?映画を見ること?マンガを見ること?ディズニーランドが好き?旅行が好き?人にはそれぞれ楽しいと思えることが色々あることでしょう。
ですが、これらはいつもできることではないのです。そして、ほとんどのことが、「映画」が楽しいのであって、私自身が面白いわけではないのです。楽しい映画をいっぱい知っている私は楽しいかもしれませんが、それは本当に人としての私が楽しいのか?という疑問が湧きます。なんだかそれは本質的な「楽しい人」というものと違うような気がしてなりませんでした。
「いつも誰かと楽しく」いられるためには、「なんでもない日常を楽しくする」ことが一番クリエイティブなことなのではないかと気づきました。ディズニーランドや旅行はあるいみ非日常で、その瞬間は楽しいのですが、ずっと楽しくはなりえないです。イベントなどに楽しさを求めてばかりでは限界があることに気がつきます。
答えは「グルーヴ感」にある
誰かと楽しくいるということは、つまりはグルーヴ感(ここでは一体感+高揚感を指します)です。とくに一体感というのが重要だと思っています。
ここで一つのケーススタディを紹介します。最近はダンス規制が厳しく、少なくなっちゃいましたが、 クラブに行ったとします。
濃いところは盛り上がっているゾーンです。丸の大きさは盛り上がっている輪の大きさです。左から右に変えることができたら楽しいはずです。私の編み出した方法をご紹介します。
- 一番高くジャンプしているやつを探す(そこが一番盛り上がっている)
- そいつに近づきタイミングを待ちます
- 音楽が盛り上がるタイミングが来たら、輪につっこんでいき一番高くジャンプしているやつより高くジャンプします
- ちょっとだけリスペクトされるので、すかさずその回りにいる人たちとハイタッチしまくります
- 自分が輪に入ったら、その一回りそとにいる人たちをどんどん輪の中にいれます
- 結果、輪が大きくなり、輪を大きくした自分を中心にグルーヴ感が生まれます
タイミングとかハイタッチの方法は少しコツがあるのですが、ここでは割愛します。さて、この事例で一番大事なところはどこでしょうか?
・・・それは5番です。
よく見てれば分かるのですが、だいたいこういう時には「輪に入りたい予備軍」がいます。盛り上がりたいけどまだ盛り上がり切れてない人たちです。そういう人は盛り上がっている集団の一回り外側で様子をうかがってるのです。なので、自分が輪に入ったら、後ろを振り返り、どんどん予備軍たちを輪の中に加えていくことが一体感を増大するのに大切なのです。
この手法はクラブだけではなく応用範囲が広いです。飲み会でつまらなそうにしている人がいるときや、会議で発言しない人がいる場合も、あえてそういう人に指名して話を振るということをやると、一体感が増したりします。
モノに頼らない
グルーヴ感が高まる楽しいことは「かんたんに出来て、かつ、実力の差がつかないこと」が望ましいです。運の要素が強い遊びもいいですね。例えば、ウィニングイレブンや格闘ゲームのようなものは、テクニックが必要だったり実力差がつきすぎるとつまらなくなってしまいます。逆に、山手線ゲームや、たけのこニョッキ(正式名はなんですかね?w)などの飲み会のゲームは、やったことがない人でも、かんたんに出来て、かつ実力差がそんなにつかないところがポイントです。
恵比寿でBARをはじめる時に、世界中の飲み会のゲームのネタを仕入れてみたいと考えていたことがありました。海外出張が多いかたと飲むと、色々な面白いゲームを知っていたからです。それで、最初の恵比寿のお店では香港のサイコロを買ったんです。
1と4が赤くて、ダイスポーカーという遊びがあるんですが、それ用のサイコロです。お店のオープン当初はこれで結構遊んでたんですが、ある時店長がサイコロを立てに積むだけのゲームを始めたのです。(後にトーテムポールと名付けられました)
1と4が赤くて、ダイスポーカーという遊びがあるんですが、それ用のサイコロです。お店のオープン当初はこれで結構遊んでたんですが、ある時店長がサイコロを立てに積むだけのゲームを始めたのです。(後にトーテムポールと名付けられました)
ゲームはよりシンプルになりました。ところが、これが流行ったころ他の店にはサイコロがそんなにないので出来ません。そんなときに、サイコロの変わりに、おつまみのジャイアントコーンを積む代替ゲームが発明されました。(後にシゲタカップと名付けられました)
このゲームは、より汎用性が高くなったので飛躍的にやられるようになり(当社比)、土台をショットグラスを重ねていって不安定にしたり、一直線じゃなくてもいい派生ルールなども生まれました。
このケーススタディでの発見は、モノにとらわれず、どこにでもあるもので、簡単かつ実力差がつかない遊びがグルーヴ感を高めるのに役立つということです。
このケーススタディでの発見は、モノにとらわれず、どこにでもあるもので、簡単かつ実力差がつかない遊びがグルーヴ感を高めるのに役立つということです。
なぜテキーラを飲むのか?
最後にこれに触れないわけにはいかないでしょう・・・私にとってテキーラは何なのか?ということをお伝えしておこうかと思います。「ボンバーってテキーラほんと好きだよね〜」と言われることも多く、一部ではテキーラキャラが定着しているありがたいお話なのですが、「テキーラが好きか?」と言われると、出来れば飲みたくは無いです。ではなぜ飲むのか?と言われると、それはやっぱりグルーヴ感のためなのです。
グループワークとか新卒社員研修で、何か大変なことを一緒にやる、という手法が取られるかと思います。(昔穴掘らせる会社もありましたが…)あれは、そういう「辛い体験を一緒に乗り越えるとチームの結束が高まる」という効果があるからです。つまり、辛くなければ意味が無いので、飲みやすいおいしいプレミアムテキーラでは意味が無いのですw
まとめ
今回も長文になりましたが最後にまとめておきます。
いつも誰かと楽しくいられるためのコツ
- 日常を楽しむ方法を発見する
- グルーヴ感(一体感+高揚感)を高めることを優先する
- かんたんにできて、実力差がつかないことが一体感を増す
- モノに頼らない
- テキーラは苦行である
これを考えていると、最終的には子供のころ遊んでたことに近づくんですよね。鬼ごっことか、かくれんぼとか、子供の遊びを考えるっていうのはやっぱりクリエイティブなことなんだなぁと思ってます。
まだ買ってないのですが、この本は気になってます。